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色んな文章の倉庫です。

2023-09-01から1ヶ月間の記事一覧

妖精の休息

霧雨が木々を濡らす。水滴が葉に擦れ、深い緑の香りが際立つ。静寂だけを閉じ込めたような空間だ。 この森に生き物はいない。全ての生き物はまだこの森の存在を知らなかった。 そんな森の最深部、一際大きな楠に背中を預けて座り込む少女の姿があった。熱に…

懺悔

物心もつかないうちから、私には虚言癖がありました。 嘘をつく相手は母です。私は家に帰るなり、友達に虐められたと話して泣きました。その友達は嫌な奴で有名でしたし、事実その後にいざこざがあった記憶もありますが、当時虐められたという事実はありませ…

希死念慮

この休憩が終われば、あと一時間と少しで今日は終わる。 左半身でもたれかかるようにドアを開けながら、ズボンのポケットから携帯を取り出す。アラームを十分後の17:40にセットした。在庫品があちらこちらで影を背負いこちらを見ている。ドアの横にあるスイ…

自死の唄

解離していく感覚があった。もうずっとだ。 例えば青が見えるようになった。カーテンから覗く青、清潔なコインランドリーの青や、LEDに照らされ影となった青。澄んだ空気の青。色褪せた時間の青、部屋を満たす青。それはそれは綺麗な青だ。気が付いていない…

ある女の子のお話

ある赤い屋根の家に、女の子が住んでいました。 お母さんとお父さん、そして妹と、家族三人でそれなりに仲良く暮らしていました。 「お姉ちゃん、そのぬいぐるみ、私に頂戴」 ある日、妹が女の子の持っているぬいぐるみを欲しがりました。 女の子はそれを妹…

枯れ林と青年

澄み切った、冷たい夜空の下、海に囲まれた小さな島国に、ぽつぽつと明かりの灯る集落がひとつ。 その中でも一際あたたかい明かりを放つ家に、ある青年が住んでいました。 青年には、奥さんと子どもがいました。 子どもはまだ幼く、最近やっと言葉を覚えたば…